第2回
星間空間に存在する分子ガスは,分子雲を形成し,星形成をはじめ様々な天体現象に関わっている。 銀河系の中心には,分子ガスが数百パーセクにわたって集中している領域がある。 銀河系中心分子層(CMZ)と呼ばれるこの領域では,銀河系円盤部には見られない特異な現象が観測されている。 講演者は,CMZにのみ存在する分子雲である「高速度コンパクト雲」に着目し,分子輝線を用いた観測的研究を進めている。 高速度コンパクト雲は,野辺山45m電波望遠鏡による一酸化炭素のミリ波の輝線(CO J=1-0)の広域サーベイで発見された天体で, 大きさは5 pc程度と小さいものの,50 km/s を超える大きな速度分散を持つ分子雲群である。 数多く存在するものの,以前に報告されているものは5天体,詳細な研究があるのはうち2天体のみであった。 そして,大きな速度分散を持つためには膨大な運動エネルギーが必要であるが,その供給源は謎であった。 講演者は,CO J=1-0広域サーベイのデータに含まれている高速度コンパクト雲を均一な条件の下で同定し,その性質を調べた。 そのために,データから大きさが小さく速度幅が広い雲を抽出する計算機アルゴリズムと,人の目による選別を組み合わせた 同定プロセスを開発した。 この同定プロセスによってCO J=1-0輝線のデータから84個の高速度コンパクト雲が同定でき, それらの大きさ,速度幅,質量,運動エネルギーなどの物理量の分布が明らかになった。 この結果をもとに,高速度コンパクト雲が多数の超新星爆発によって加速された分子雲であるという仮説を提案した。 この仮説が正ければ,高速度コンパクト雲の分子ガスは衝撃波通過によって高温・高密度の状態にあるはずである。 より励起状態が高い分子ガスを観測するために, 講演者らのグループでは,CMZにおける一酸化炭素のサブミリ波の輝線(CO J=3-2)の広域サーベイを進めている。 そこで講演者は,複数の分子輝線の強度から分子ガスの物理状態を推定する解析方法を確立した。 この解析により,高速度コンパクト雲の分子ガスの励起状態は多様であること, およそ半数の高速度コンパクト雲では分子ガスが周囲より高い励起状態にあることが明らかになった。 励起状態は衝撃波通過後の年齢を反映している可能性があることもわかった。 本研究の主要部分は講演者の博士論文になっている。 本講演では,講演者の研究歴を簡単に紹介した後,CMZの説明から始めて高速度コンパクト雲研究の今後の展望までお話ししたい。