本プロジェクトでは,星形成領域での円偏光場の生成について輻射輸送計算を用いて研究しています。近年の観測によって円偏光割合が10%を超える星形成領域が複数発見されています。キラルを持つアミノ酸が強い円偏光に晒されると,アミノ酸の持つ円二色性によってL/D体の割合に偏りが生じる可能性があります。このような過程は生体アミノ酸のホモキラリティーの問題を通して,我々生命の起源に関係している可能性があります。星形成領域の円偏光の起源としては,星の光と固体微粒子ダストとの散乱過程が考えられていますが詳細は不明なままです。
我々は公開コードDDSCAT(Draine & Flatau 1994)による光とダストの散乱時の偏光の変化と,輻射輸送計算を組み合わせる事で,星形成領域の円偏光生成について数値シミュレーションを行っています。さまざまな条件を想定して計算した結果,ダストのサイズが~1ミクロン程度の大きさの場合に,星形成領域で観測されている10%を超える強い近赤外線円偏光場が作られる事が分かってきました。また,星とダストの位置関係によっても偏光の割合は変化し,ダストを含むガスが星の背面に分布し,光子がback scatteringとして散乱される場合に偏光は強くなる事が分かりました。このような星付近のダストのサイズや分布は,星形成・進化過程と関連が深く,今後星形成と統一的な枠組みで研究を展開していく予定です。
また,我々が住む太陽系は40億年以上前に形成されたと考えられています。40億年以上前の天の川銀河は,今とは大きく違った状態であったことが予想されています。すばる望遠鏡の遠方銀河観測によって,この時代の銀河の多くは強い水素のライマンアルファ輝線を放射している事が分かっています。キラル分子の円二色性は,全波長で積分すると総和がゼロになるというKuhn-Condon則がありますが,特定の波長でライマンアルファ輝線のような強い輻射があるとL/D体比の偏りを生じさせる可能性があります。本プロジェクトでは銀河形成シミュレーションと組み合わせる事で太陽系形成時の銀河内の星,ダストの分布,そして輻射場を考慮し,円偏光場の理論モデルを構築し,生体アミノ酸のホモキラリティーの起源に迫っていきます。
図 1 輻射輸送計算による大質量星付近の偏光マップ。上段パネルは星からの放射と観測されうる輻射強度比,中段パネルは線偏光マップ,下段パネルは円偏光マップ (Fukushima, Yajima, Umemura 2020)。