本プロジェクトでは、宇宙分野での輻射輸送計算の実績を活かし、近赤外線を用いた生体医療診断の実現に向けて高速かつ高精度な輻射輸送計算コードの開発を行っています。現在医療現場では、X線レントゲン、MRI、PETなどさまざまな方法で画像診断が行われています。しかしながら、これらは被曝や造影剤による副作用などリスクが伴う事が知られています。これらのリスクを一切伴わない新たな医療診断技術として、波長800-1100ナノメートル程度の近赤外線を用いた拡散光トモグラフィーという診断法が提案されています。この波長帯は生体の窓と呼ばれ、血液や水による吸収よりも散乱が非常に大きいため、生体に照射された一部の光は生体内を散乱しながら伝播し体外へと脱出します。この光の情報を用いる事で生体内の情報を得ることが可能となります。このとき、生体内を散乱しながら伝播する輻射輸送の理論モデルとの比較が必要となりますが、計算アルゴリズムの複雑さと膨大な計算量のため、これまでほとんど実現されてきませんでした。
そこで我々は、宇宙物理の研究で培ってきた技術を駆使することでこの難問に挑戦しています。我々のグループが考案したAuthentic Radiative Transfer (ART) 法と呼ばれるアルゴリズムを使い、それらをナノ秒オーダー以下の時間分解計測に対応出来るように計算コードを改良しました。そして、スーパーコンピュータを用いた大規模並列計算によって、これまで困難だった生体内輻射輸送過程を高い精度で計算出来つつあります。
現在、浜松医科大学との共同研究により、生体によく似た吸収・散乱特性を持つポリウレタンに対する光パルス実験と比較研究を行っています。結果として実験と波形が見事に一致するシミュレーション結果が得られました。今後はこれらの計算を発展させて、脳や甲状腺への適応を考慮した研究を行っていきます。
また、同時に拡散光トモグラフィーの臨床応用に向けて、数値シミュレーションのビッグデータの構築と解析法、シミュレーションデータを用いた機械学習についても研究を進めています。
図 1 近赤外線拡散光トモグラフィーによる医療診断の概略図。生体への光照射・計測、輻射輸送計算(順問題解析)、応用数学や機械学習による逆問題解析を組み合わせる事で生体内診断が可能となります。