様々な銀河の中心部に巨大なブラックホールが観測されているが,まだ その起源は明らかにされていない。標準銀河形成論では,多数の銀河の 合体によって,より大きな銀河が生まれると考えられている。元の銀河 がブラックホールを持っていれば,合体後の銀河の中に多数のブラック ホールが浮かんでいることになるが,これでは観測事実を説明できない。 我々は宇宙シミュレータFIRST(筑波大学)を用い,銀河内の多数のブラッ クホールについて,一般相対論の効果を入れた高精度重力計算を世界で 初めて実現した。10個ブラックホールと50万個の星について,1億年に わたる進化を追跡した結果,ブラックホールが銀河の中心部で連続的な 合体を起して巨大化することが明らかとなった。これは,銀河中心の巨 大ブラックホールの起源を解き明かす上で,マイルストーンとなる発見 である。この成果は,本年2月 Astrophysical Journal Letters に掲載 された。
最近の観測で,様々な銀河の中心部に太陽質量の1千万倍から10億倍 にも達する巨大なブラックホールが存在することが分かってきています。 さらにその巨大ブラックホールの質量は,常に銀河の楕円成分(銀河バ ルジと呼ばれる)の質量に比例し,約1000分の1になっていること が明らかになってきました(図1)。この関係はマゴリアン関係と呼ば れています。
銀河の中心にはなぜこのような巨大ブラックホールが存在するのかにつ いては,まだその理由は明らかにされていません。
現在の標準宇宙論に従えば,宇宙はビッグバンから始まり,宇宙初期に 存在した密度のゆらぎが次第に成長し,小さな天体から大きな天体が作 られていったと考えられています(図2)。宇宙で最初の銀河は,今か ら135億年ほど前に,小さな銀河が合体して誕生したと考えられてい ます(図3)。この際,元々の銀河がマゴリアン関係に従うような巨大 ブラックホールをもっていたとすれば,それらの巨大ブラックホールも 一緒に大きな銀河に取り込まれることになります。そうすると,合体後 の銀河の中に多数のブラックホールが浮かんでいることになります。し かし,観測では銀河の中心に一つの巨大ブラックホールが見つかってい るだけで,銀河の中を浮遊する巨大ブラックホールの証拠はありません。
銀河の中心になぜ一つの巨大ブラックホールがあるのか,これが大き な謎となっています。
合体後の銀河に取り込まれたブラックホールのその後の進化を解き明か すためには,重力を一般相対論の効果を入れて高精度かつ高速に計算す る必要があります。
筑波大学では,宇宙初期の天体形成を高速に計算するための計算機を作 成するために,平成16年にFIRSTプロジェクトを開始し,平成19年に 宇宙シミュレータFIRSTを完成させました(図4)。
宇宙シミュレータFIRSTには,重力を高速かつ高精度で計算するために開 発された演算加速器(Blade-GRAPE)が搭載されています。 FIRST は,256の計算ノード(496CPU)からなり,240台のノードが Blade-GRAPEを搭載しています。FIRSTの総演算性能は,36.1TFLOPSあり ます(ホスト部分3.1TFLOPS,Blade-GRAPE部分33TFLOPS)。このような融合型並列計算機は,世界的に見ても先駆けです。 われわれは,この宇宙シミュレータを用いて,巨大ブラックホールの問 題に取り組みました。そして,1年以上におよぶ計算の結果,巨大ブラッ クホール形成に関する新たな結果を得ることができたのです。
われわれは,10個のブラックホールと50万個の星について,一般相対論 の効果を入れた高精度重力計算を世界で初めて実現し,1億年にわたる 進化を追跡しました。
まず,銀河に取り込まれた巨大ブラックホールは,周りの多数の星から の重力(万有引力)で運動エネルギーを失います。これを力学的摩擦と 言います。その結果,巨大ブラックホールは銀河の中心に落ちていきま す(図5参照)。そして,真っ先に落ちた2つの巨大ブラックホールが連 ブラックホールとして,互いの周りを公転し始めます。力学的摩擦の反 作用で連ブラックホールの周りから星がいなくなってしまうと,2つの 巨大ブラックホールは一定の距離を保ったまま互いの周りを回り続け, このままでは連ブラックホールの合体は起きません。その後,他の巨大 ブラックホールが力学的摩擦で銀河の中心に落ちてくると,連ブラック ホールと相互作用します。そのとき,落ちてきたブラックホールが連ブ ラックホールの軌道エネルギーを持ち去り,連ブラックホールの距離が 一気に縮まります。その結果,重力波を多量に放出し連ブラックホール は合体します。このような過程が次々に起って巨大ブラックホールは大 きくなっていくのです。
私達の研究の最も大事な結果を示しているのが,図6の一番上のパネル です。10個の巨大ブラックホールのうち,ただ一つの巨大ブラックホー ルだけが次々と合体して大型化していきます。一方で,その他の巨大ブ ラックホールは全く合体していません。巨大ブラックホールが合体して いく様子は,連ブラックホールの距離の時間変化を示した上から2つ目 のパネルでわかります。連ブラックホールの距離が7桁以上にわたって 縮んだ末に,合体しています。
なぜただ一つの巨大ブラックホールだけが大きくなっていくのでしょうか?図6の上から2番目の図を良くみてみると,巨大ブラックホールは 合体する前にしばらく連ブラックホールである期間があることがわかり ます。実はこの期間に何度も他の巨大ブラックホールが連ブラックホー ルに取って代わろうとします。しかし,大きい方の巨大ブラックホール が取って代わられることはなく,いつも連ブラックホールとして残るこ とになります(図6の下から2番目のパネル参照)。この連ブラックホー ルが合体すると,最も大きい巨大ブラックホールがどんどん大型化して いくことになります。
連ブラックホールがあちこちで出来れば,大きくなっていくのは一つの 巨大ブラックホールだけではないのではないかと思うかもしれません。 実は一度連ブラックホールが出来てしまうと,出来上がった連ブラック ホールが他の巨大ブラックホールにエネルギーを渡して弾きとばしてし まうため,他には連ブラックホールはできなくなってしまいます(図6の 一番下のパネル参照)。従って,出来る連ブラックホールは常に一つであ り,その一つには必ず最も大きな巨大ブラックホールが含まれるので, 最も大きな巨大ブラックホールだけが大型化していくのです。これが, われわれの精密計算で明らかにされたことです。
この研究の意義は,多数の巨大ブラックホールが一つの銀河の中にある と最終的にどのようになるかということを一般相対論的効果を取り入れ た高精度シミュレーションで明らかにしたことです。これまでに多数の 巨大ブラックホールの合体を扱ったシミュレーションは数多くありまし た。しかし,高精度なシミュレーションではなかったので,巨大ブラッ クホールの間の距離を7桁以上に渡って扱えませんでした。そのため,重 力波放出が効いて確実に合体するというところまで示していませんでし た。
私達のシミュレーションは重力波放出で確実に合体できるところ まで巨大ブラックホールの軌道を追っているため,疑問の余地なくブラックホールの合体成長を結論付けることができたのです。
また,このような高精度なシミュレーションで多数の巨大ブラックホー ルが一つのより大きな巨大ブラックホールに収斂していくことを示した のは,世界で初めてです。これまで高精度なシミュレーションで2つや 3つの巨大ブラックホールが合体できるかどうかということに注目した 研究はありましたが,多数の巨大ブラックホールが最終的に一つにな るということを示したのは,私達が初めてです。
今回の成果は,高精度で高速な宇宙シミュレータFIRSTの実現と,それを 用いた長時間シミュレーションによってもたらされた革新的成果です。 今回の成果は,銀河中心の巨大ブラックホールの起源を解き明かす上で, マイルストーンとなるものです。これによって,宇宙初期からのブラッ クホール形成の理論的研究が飛躍的に進むと考えられます。