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1D-RISM チュートリアル

Quantum ESPRESSOのRISM計算では、最初に1D-RISMで溶媒どうしの相関(溶液そのものの構造)を求め、その結果を使って3D-RISMやESM-RISM(Laue-RISM)で溶質のまわりの溶媒分布を求めます。このページでは、例題 PW/examples/RISM_example の「NaCl水溶液中のH2O」の計算のうち、最初に行われる1D-RISMの部分を取り出して見ていきます。理論は1D-RISMを参照してください。

準備

RISMは &control の trism = .true. で有効になり、&rism 名前リストと SOLVENTS カードで溶媒を指定します。1D-RISMに関係する部分は次のとおりです。

 &control
    calculation = 'scf'
    trism       = .true.
 /
 &rism
    nsolv    = 3            ! number of solvent species
    closure  = 'kh'         ! closure equation (Kovalenko-Hirata)
    tempv    = 300.0        ! temperature (K)
    ecutsolv = 144.0        ! cutoff for the solvent (Ry)
    ! 1D-RISM's setting
    starting1d      = 'zero'
    rism1d_conv_thr = 1.0e-8
    rism1d_maxstep  = 10000
    mdiis1d_size    = 20
    mdiis1d_step    = 0.5
 /
SOLVENTS {mol/L}
 H2O  -1.0  H2O.spc.MOL
 Na+   0.5  Na+.aq.MOL
 Cl-   0.5  Cl-.aq.MOL
  • SOLVENTS の各行は「溶媒の名前・濃度・MOLファイル」です。濃度に負の値を与えると、MOLファイルに書かれた密度が使われます(水は1 g/cm3)。この例はNa+とCl−が0.5 mol/L、つまり0.5 MのNaCl水溶液です。
  • MOLファイルは溶媒分子の構造と古典力場(各原子の電荷とLennard-Jonesパラメータ)を与えます。水はSPCモデル(水素のLJパラメータを修正したもの)です。例題の MOL/ ディレクトリにあり、pseudo_dir に置いて読み込ませます。

例題は次のように実行できます。この計算は数十秒で終わります。

cd q-e/PW/examples/RISM_example
./run_example_3D-RISM

ここで示す結果は、例題に付属する参照出力と全エネルギーが \(10^{-6}\) Ry以内で一致することを確認しています。

1D-RISMの計算の流れ

出力の冒頭に、1D-RISMの設定と収束の様子が書かれます。

     1D-RISM info
     ------------
     closure equation        =           KH
     temperature             =     300.0000  kelvin
     coulomb smearing radius =       2.0000  bohr
     number of solvent sites =            5
     number of grids         =         5008
     ...
     iter. #     1  RMS(g-h-1)= 1.104E-03  nbox=  0  T= 2400.00K
     iter. #   101  RMS(g-h-1)= 5.513E-05  nbox=  5  T=  711.11K
     iter. #   201  RMS(g-h-1)= 6.915E-05  nbox=  4  T=  316.05K
     iter. #   273  RMS(g-h-1)= 9.291E-09  nbox= 20  T=  300.00K

     convergence has been achieved in   273 iterations

溶媒のサイトは水のO・H、Na+、Cl−の5種類です。反復の途中で温度 T が2400 Kから目標の300 Kまで下がっていきます。相互作用が相対的に弱い高温から解き始めて徐々に冷やすことで、イオンを含む溶液でも安定に収束させています。

出力ファイル *.1drism

1D-RISMで得られたサイト間の対分布関数 \(g(r)\) が prefix.1drism に書き出されます。

# Pair distribution function
# Gvv(r)
#
                 H2O:H2O                                      H2O:Na+          ...
  r/Angstrom     O/h2o:O/h2o    O/h2o:H/h2o    H/h2o:H/h2o    O/h2o:Na         ...

1列目が距離 \(r\)(Å)、2列目以降がサイトの組ごとの \(g(r)\) です。\(g(r)=1\) はバルクの平均密度、1より大きいところはその距離にサイトが集まりやすいことを表します。

水の構造

水のサイト間の対分布関数

  • O–O:2.96 Åに高いピーク(\(g\approx2.4\))があり、これが水分子の第1水和殻です。
  • O–H(異なる分子どうし):1.8 Å付近の小さなピークが水素結合に対応します。
  • 遠方ではどの曲線も1に近づき、一様な液体になります。

イオンの水和

イオンと水のサイト間の対分布関数

  • Na+:Na+–Oのピーク(2.32 Å、\(g\approx4.0\))がNa+–H(3.06 Å)より内側にあります。陽イオンには水の酸素が向いています。
  • Cl−:Cl−–Hのピーク(2.22 Å)がCl−–O(3.49 Å)より内側にあります。陰イオンには水の水素が向いています。

イオンの電荷の符号によって水分子の向きが逆になる様子が、分布関数から読み取れます。

溶媒和の化学ポテンシャル

1D-RISMの後に、溶液中での各溶媒種の溶媒和の化学ポテンシャル(過剰化学ポテンシャル)が出力されます。

     Chemical potential of solvation

     H2O        H2O        Closure     -0.153796E+01 kcal/mol
                ...
                Total      Closure     -0.229340E+01 kcal/mol
                           GaussFluct  -0.583926E+01 kcal/mol

     Na+        H2O        Closure     -0.446607E+02 kcal/mol
                Na+        Closure      0.175759E+06 kcal/mol
                Cl-        Closure     -0.175796E+06 kcal/mol
                Total      Closure     -0.820464E+02 kcal/mol
溶媒種 Closure(kcal/mol) GaussFluct(kcal/mol)
H2O −2.29 −5.84
Na+ −82.0 −84.3
Cl− −76.4 −79.2
  • Closure は閉包式(ここではKH)に対応する式、GaussFluct はガウスゆらぎ(GF)近似の式で評価した値です。
  • イオンどうしの成分(Na+–Na+、Na+–Cl− など)は個別には大きな値になりますが、互いに打ち消し合います。意味を持つのは合計(Total)です。

1D-RISMで得られたこの溶液の構造が、次の3D-RISMとESM-RISMの計算の土台になります。