概要
生物分野のスタッフは稲垣祐司准教授1名である。稲垣准教授は生命環境科学研究科構造生物科学専攻に所属し大学院教育に携わっている。さらに、生命環境科学研究科構造生物科学専攻の橋本哲男教授が学内共同研究員として、生物分野の研究活動に参画している。
生物分野では、微生物分子進化学の研究領域において、以下の2項目に関する研究を行っている。
- 生物の系統進化
- とくに真核生物の大系統の解明に興味を持っている。
- 分子系統解析の方法論的研究
- 分子系統解析はさまざまな原因により誤った結果をもたらす。したがって、偏った推測を避けるための研究を行うことは重要である。そのような研究により、真核生物の系統進化に関し頑健な推測結果を得ることができるからである。
これまでの成果
2008年度に行われた生物分野のプロジェクトの概要を以下に記す。
真核生物の大系統
真核生物の大系統の解明は、生物学の最も基本的な問題の1つであり、分子系統解析によってその解決が期待されている。近年、さまざまな真核微生物の遺伝子配列データが大量に蓄積されたのに伴い、複数遺伝子の結合データ解析により真核生物の大系統を解明しようとする研究が盛んに試みられるようになってきた。それにより、真核生物の初期進化における大系統群間の分岐過程について多くの新知見が得られている。本年、我々は長年系統的位置が不明なままであった有中心粒大陽虫の真核生物系統樹上での位置を解明するための解析を行った。ジュネーブ大学のグループと共同で、有中心粒太陽虫 Raphidiophrys contractilis のcDNA配列をパイロシーケンシング法により60,000クローン解析し、さらに、別の真核微生物でやはり系統的位置が不明なTelonema subtilisの大規模シーケンス解析を行ったオスロ大学のグループと共同して、これら2生物種を含む76生物種30,000座位(127遺伝子)からなるデータセットを作成した。最尤法による連結データ解析の結果、有中心粒太陽虫(R. contractilis)とT. subtilis が近縁であり、それらの共通祖先がクリプト藻、ハプト藻からなるクレードの姉妹群として位置付けられる可能性を、世界に先駆けて示唆した。
複数遺伝子の結合データ解析における遺伝子サンプリングの偏りの影響
複数遺伝子による系統解析において、他の遺伝子とは異なる系統的シグナルを強くもつ遺伝子が存在すると、誤った結論が導かれる可能性がある。とくに使用する座位数があまり多くない解析においては、遺伝子のサンプリングが結論に大きく影響しうる。それがどの程度であるかを明らかにするために、真核生物の大系統におけるPlantae(Green Plants 緑色植物+Red algae 紅藻)の単系統性をめぐる問題を題材としてケーススタディを行った。Plantaeの単系統性は大規模な結合データ解析では明確に示されている(たとえば30,000座位以上を含む解析)が、10,000座位以下を用いた解析では安定した結論は得られていない。事実、Plantae単系統説を支持する研究成果も支持しない研究成果も公表されており矛盾した状況にある。そこで、合計27遺伝子の中から遺伝子サンプリングをさまざまに変化させた結合データセットを多数作り、実際にそれらの解析結果を比較することにより、緑色植物と紅藻の単系統性が復元されるか否かが遺伝子のサンプリングに大きく依存していることを示した。
ヒューリスティックな系統樹探索の効率
理論上、最尤系統樹は可能な全ての系統樹のなかから選ばなくてはならないが、その数はデータを構成する生物種(OTU)数に依存している。しかしながら、このような網羅的探索はOTUが10以上になると実際的ではないため、さまざまなヒューリスティック探索法が用いられることになる。今回、我々は10OTUのデータセットに対し網羅的探索を試み(すなわち、データあたり2,027,025通りの系統樹のlnLを計算し)、ヒューリスティック探索による結果と比較した。その結果、ヒューリスティック探索が極めて低い正解率しか達成できない条件を明らかにした。さらに、ヒューリスティック探索の正解率を上昇させるための方策について議論した。
今後の計画
真核生物の系統進化
有中心粒太陽虫類、カタブレファリス類、その他いくつかのエクスカバータ類の系統的位置を定めるための複数遺伝子解析、葉緑体の大系統解析とアピコプラストの起源の解明、EF1α / EFL 遺伝子の系統解析。
分子系統解析の方法論的研究
ヒューリスティックな系統樹探索法の効率の解析。