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古代から現在に至るまで問われ続けてきた哲学的根源的な問である。人間延いては我々を含めた地球上の「生物の起源」はどこにあるのか。生物さらには無機的な化学物質も含め、その材料となる「元素の起源」は宇宙の中での星や銀河の進化と密接に繋がっている。例えば、水素は宇宙の始めにほぼ全ての量が生成され、炭素はずっと後の冷えた宇宙である100億年後に形成された星達の内部で生成されることが知られている。さらにはこれら星々や、それらの母体である銀河達の起源を遡れば、宇宙における構造体の起源は、究極的には宇宙の極めて初期に生成された構造の種である「原始密度揺らぎ」へと還元される。インフレーションシナリオと呼ばれる標準宇宙論が確立されている現在、目覚しい観測技術の向上によって精密かつ詳細にその理論的予言が観測によって確かめられている。とくに衛星観測(WMAP,PLANCK)を用いた宇宙背景輻射(CMB)の全天に及ぶ温度分布データは我々に、光で探れる最古の宇宙地図を提供してくれる。上述の構造の種となる原始密度揺らぎは、このCMBの温度分布の一様等方成分からの微小のずれとして観測量と密接に関わっている。

 またCMBの情報から現在宇宙に存在する全ての物質のエネルギー密度の割合も知る事ができる。これによれば、現在宇宙を支配しているのは、ダークエネルギーと呼ばれる宇宙を加速的に膨張させる何か(物質かどうかも不明)である。その次に、ダークマターと呼ばれる銀河などの宇宙の構造の種を作る物質(光とは相互作用しない)が多く、我々の身近に存在している、いわゆる元素でできた普通の物質(バリオン)は、わずか5パーセントにも満たない。宇宙は、その進化過程において、少なくとも二度の加速膨張期を経ており、インフレーションを与えるインフラトン、ダークエネルギー(宇宙項が候補)はどちらも決定的な役割を担っている。これら、インフラトン、ダークマター、ダークエネルギーの三大要素の正体解明が宇宙論における最大のミステリーである。

暗黒

初期宇宙モデルの研究

 インフレーションとは宇宙が加速膨張をする事であり、高エネルギー期の統一理論がもし存在すればその影響の片鱗として加速膨張期が起きるはずである。統一理論研究は現在までに様々な試みがあるが決定打となるものは皆無である。一般にこれらは我々の4次元時空を超えた高次元理論となるため、観測される宇宙を再現するのに多くの仮定と未知量が含まれ不確定な予言しかできない。例えば超弦理論は現在知られている量子化された統一理論候補であるが、空間が10次元の理論として知られている。これまで超弦理論に基づいた高次元宇宙論モデルを研究し、観測と矛盾のないインフラトンの揺らぎを与えうるかについて取り組んできた。特に超弦理論で非摂動効果として重要なブレインと呼ばれる高次元ソリトンに注目し、高次元宇宙論の研究を行った。ブレインの運動からインフレーションを説明する試みである。特にブレイン衝突現象に着目し、それが与える宇宙論的な影響について研究。衝突過程ではブレインの厚さを考慮し世界で唯一最後まで衝突を解析できるモデルを構築。
近年、泡宇宙モデルについて研究中。これは重力定数が異なる泡宇宙モデルであり、我々の宇宙以外の多宇宙を考えている泡宇宙モデルである。物理定数が各々の宇宙固有で異なるというString Landscapeの世界観にも関連。我々の宇宙の宇宙定数がなぜこのような値をとるか、我々の物理定数とは異なる値をとる他の宇宙はあるのかという根源的な問いに、迫れる。具体的には、重力定数の異なる泡宇宙を再現して、その効果が初期密度揺らぎに与える影響について考察。最近は泡宇宙モデルの衝突によって、本来持っている宇宙項とは違った値のdS膨張が再現されるモデルを構築。衝突により、元々泡がもつ宇宙項とはオーダーの異なる一時的な加速膨張(インフレーション)の生成を示唆。

原始密度揺らぎの研究

 インフラトンの正体解明の上で、それが単数場なのか複数場なのかを見極められる事が非常に重要な情報となる。例えば、超弦理論に同期づけられた理論モデルが予言する未知なスカラー場は一般に複数場となる可能性が高く、単数であればそのような背景とは無関係なもの、例えば標準理論のヒッグス粒子自身や超対称化して得られたスカラー場(右巻きニュートリノのスカラーパートナーなど)の可能性もある。これらの性質の違いを観測量から一番顕著に区別する指標として、現在原始揺らぎの非線形相関量が注目されている。もし揺らぎが線形揺らぎであれば、揺らぎの高次相関は全てガウス統計(ランダム分布)で記述されるが、非線形成長を起こすと統計性はガウス統計性からのズレを示しNon-Gaussianityと呼ばれる量を生み出す。
原始揺らぎは、宇宙の地平線を超えて引き伸ばされ、いずれCMBの温度揺らぎとなり我々の観測量となる。特にこの因果律を超えた長波長領域は、揺らぎの古典化という重要な物理過程とも関わり、ここでの重力非線形進化は重力の本質的な情報を含んでいる。このような長波長非線形揺らぎの解析には、勾配展開を用いた非線形宇宙論的摂動論が有効であり、私はこれまで非線形摂動論の一般的定式化を行ってきた。現在、Non-Gaussianity解析で世界中の研究者が使う手法は、勾配展開の最低次のオーダーでの評価でありδN手法(Starobinsky 85, Nambu and Taruya, Sasaki and Stewart 96)と呼ばれている。さらに高次展開まで取り入れたスカラー場が単数、複数それぞれにおける非線形宇宙論的摂動論の定式化を完成させた(Beyond-δN手法)。

CMB揺らぎの研究

 全天におけるCMBの温度揺らぎの観測データは原始揺らぎの二点相関量の情報を我々に与えてくれる。WAMP衛星(03-10)の観測が既に大きな成果をあげており、理論曲線との比較から宇宙の初期条件に関して、揺らぎはフーリエ空間での振幅が波数に依存しないスケール不変性からは、有意にずれていることが分かった。観測技術の劇的な進展に伴ってこの20年でCMB観測は、高精度詳細観測の段階に突入しており、今後の理論的な宇宙進化の解明が十分期待できる。現在最先端のCMBマップは2009年に打ち上がったPLANCK衛星のデータである。2015年2月にはPLANCKの最新観測結果が発表され、2013年の観測結果からさらに精度が上がり、揺らぎのガウス統計からのずれ(Non-Gaussianity)に対して強い制限をかけた。これは単数のインフラトン場である可能性が極めて高いことを示唆している。しかし、このNon-Gaussianityの解析には、三角形を仮定する必要があり、これらを拡張し、波数依存性(localized feature)を考慮して新たな解析を行っていけば、インフラトンの性質の新たな情報が引き出せる可能性がある。インフラトンの解明にとって重要な試金石となる単数場、複数場の判定を出すべく揺らぎの三点相関関数を解析したい。また2015年に人類が初めて重力波の観測に成功した。これらの観測はいずれもブラックホールなどの天体からのシグナルであったが、将来的に期待される初期宇宙から原始重力波も宇宙論研究において今後重要になってくることは間違いない。これらも含めたCMB揺らぎの研究を遂行していきたい。