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Galaxy formation, dark matter, black hole, ...

銀河の誕生と重元素の生成

ビッグバン理論は、今から138億年前に誕生した宇宙には水素とヘリウム以外の元素(重元素)はほとんど存在しなかったことを予言しています。 ビッグバン後、原始ガスから水素とヘリウムのみからなる初代星が誕生することになりますが、そのような星のうち比較的重たいものは、その寿命を全うすると超新星爆発を起こしその一生を終えることになります。 その際、星の内部や超新星爆発によって生成された元素が宇宙空間に撒き散らされ、星間ガスと混ざりあうことになります。 暫くすると、このようなガスからは少しだけ重元素を含むような新しい星が誕生し、また超新星爆発を起こすと、新たに生成された重元素をまた宇宙空間に戻します。 このような宇宙の物質循環過程(コスミック・リサイクル)が何度も繰り返されると、宇宙空間に存在する元素が次第に増加していくことになります。

図1:銀河における物質循環過程(クレジット:森正夫)。

図2では銀河形成シミュレーションの結果をしめしています。計算開始後、1億年程度(1番左のパネル)すると、原始銀河内で星が誕生し、やがて大質量星が寿命を全うすると超新星爆発を起こしその生涯を終えます。 するとその爆発の影響で矮小銀河内のガスが激しくかき乱され、多数の泡状の構造が形成されます。また、超新星によって放出された重元素はガス密度の小さい泡構造の内部に蓄積され、それを取り囲む高密度のガス殻では重元素量は少なくなっていることがわかります。 それは、この部分はもともと重元素を含まない原始のガスが爆発によって掃き集められたものだからです。 銀河進化のきわめて初期段階では、まだ銀河内の空間全体を均一に汚染するほどの超新星が発生していないために、星間ガスの化学進化の度合が異なっているためです。

図2:(上)シミュレーションの結果。それぞれのパネルは、上段が星の密度分布、中段がガスの密度分布、下段が重元素(酸素)の分布を表し、左から、1億年、3億年、5億年、10億年の時間進化に対応しています。 (下)ガス密度の空間分布の時間変化。多重超新星爆発の衝突により、高密度のガスシェルやフィラメントが多数生成され、複雑な分布を呈するようになります。 (Mori & Umemura, Nature, 440, 644 (2006) 参照)

銀河衝突による銀河の進化

現在の標準的な銀河形成の描像では、宇宙の初期に小さな天体が出来上がり、それらが合体を繰り返しながら大きな構造へと成長する階層的構造形成論が主流となっています。 特に、銀河形成は銀河の合体や相互作用によって促進され、その中でも矮小銀河と銀河の衝突が重要な要因です。 天の川銀河やその姉妹銀河のアンドロメダ銀河のような大型の銀河は、宇宙誕生から数十億年の間に重力によって小さな銀河と相互作用することで進化し、現在の様な形を形成してきたと考えられています。 そして、銀河と銀河の合体は銀河を構成する恒星の運動を乱し、新しい星形成を引き起こすことがあるだけではなく、銀河衝突によって銀河の中心の超大質量ブラックホールの進化が促進され、ブラックホールからのエネルギーの放出やジェットの形成などが観測されています。 これらの銀河衝突現象が銀河進化や銀河中心ブラックホールの進化の重要な鍵となっており、お互いがお互いの進化に影響を及ぼす共進化の重要な役割を果たすと我々は考えています。   観測装置の飛躍的な進歩と観測技術の発展は、遠方の銀河の様子を観測できるようになっただけではなく、我々の住む銀河系や近傍銀河の姿に大変なインパクトを与える事になりました。 これまでは不可能であった非常に暗い星々の観測が可能になり、我々が想像しえなかった銀河の本来の姿を垣間見ることになったのです。

図3:Pan-Andromeda Archaeological Surveyによって描きだされたアンドロメダ銀河周辺領域における大規模構造。 中央付近に見られる細長く伸びた恒星の集団構造が、アンドロメダ・ジャイアント・ストリームで長さが約45万光年、質量が1000万太陽質量以上と見積もられています。 (McConnachie et al., Nature, 461, 66 (2009)より改変)

図3は、アンドロメダ銀河の周辺領域をこれまでにない深い観測を行い、暗い天体を見つけ出したMcConnachieらによる観測結果です。 アンドロメダ銀河は図3の中心付近に位置し、その周辺に広がる複雑な形状をした構造や細長く伸びたストリーム構造が、非常に密度は低いが確実に存在する恒星の集団です。 これらは、今世紀になって初めて見つかった観測天文学の大発見の一つとなっています。 それまでに、信じられていた銀河の構造は、実は氷山の一角であり、その周辺に非常に大規模な恒星集団の複雑な構造が存在する事が目の当たりになったのです。 比較のために、天空上の月を同じ縮尺で画像に添えていますが、この構造の膨大さが感じることができると思います。それでは、このような大規模構造はどのようにして出来上がったのでしょうか。

我々はスーパーコンピュータを駆使した大規模シミュレーションを実行し、この問題に挑戦しています。 その結果、世界で初めてこの謎を解き明かすことに成功しました。 今から約10億年前にアンドロメダ銀河の1/400程度の質量しかない小さな銀河がアンドロメダ銀河の強い重力に捕まり、バラバラに引き裂かれる様子がシミュレーションにより明らかにされました。 この銀河の残骸は約40万光年にも渡って夜空を流れるアンドロメダ・ジャイアント・ストリームを作り上げ、幾重にも重なる貝殻状の恒星の集団を産みだすことになりました。このような銀河衝突は、銀河進化に大きな影響を及ぼす事が示されました(図4参照)。 このことは、階層的構造形成論の予言する銀河の誕生期の銀河衝突現象が、アンドロメダ銀河の様な大質量で成熟した銀河でさえも未だ継続的に発生している事実を明らかにしたのです。 このようなアンドロメダ銀河周辺構造の精密観測は、新しく計画されている世界最先端の観測装置を用いた将来観測計画においても中心プロジェクトして採用され、我々も理論グループとして参加しています。

図4:(上)アンドロメダ銀河と矮小楕円銀河の衝突シミュレーション。青い細長い部分がアンドロメダ銀河に相当します。(Mori & Rich,ApJ,674,L77, 2008) (下)衝突銀河がと矮小円盤銀河の場合のシミュレーション。白い色がアンドロメダ銀河で、黄色―赤の点が銀河衝突を経験しバラバラに崩壊していく矮小銀河をしめしています。 (Kirihara, Miki, Mori, Kawaguchi, Rich, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, 469, 3390 (2017)より改変)

銀河衝突により冬眠する銀河中心ブラックホール

銀河中心の大質量ブラックホールに十分な量のガスが落下(降着)すれば、ガスの位置エネルギーの解放により、活動銀河核として明るく輝くことが知られています。 大質量ブラックホールへのガス供給は角運動量(遠心力)により妨げられ、トーラス(ドーナツ)状の構造がガスの“ため池”の役割を担うと考えられています。 このガスの落下によるブラックホール活動の点火機構は、銀河の進化過程において頻繁に起こる現象である銀河衝突だと考えられているが、活動性を終了させる機構にはいまだ定説がありません。 一方で、大質量ブラックホールが明るく輝いている期間は、宇宙年齢138億年のうちわずか1億年程度と非常に短いことが知られています。 つまり、多くの銀河中心ブラックホールはガス欠でエネルギー源の枯渇状態にあり、我々が住む天の川銀河やアンドロメダ銀河の中心大質量ブラックホールも例外ではありません。いわば冬眠状態にあるブラックホールなのです。 また、急激に活動性が停止した痕跡を示す銀河も近年多数見つかってきており、活動停止機構の特定が待たれています。

図4:Miki, Mori, Kawaguchi, Nature Astronomy, 5, 478 (2021)参照

我々は、アンドロメダ銀河が、中心ブラックホール活動を停止できるかどうかを調べる事で、銀河衝突とブラックホールの活動性との関係を検証する最適な実験場であると考えました。 銀河衝突によって中心ブラックホールへのガス供給源を取り去ってしまうことができれば、やがて中心ブラックホールはガス欠状態に陥り活動停止に追い込まれるため、銀河衝突がブラックホール活動の停止機構としても働くという仮説を立てました。 そして東京大学情報基盤センターと筑波大学計算科学研究センターで共同運用されているスーパーコンピュータを用いた3次元数値流体シミュレーションや1次元解析的モデルを駆使し、この仮説を検証することに成功しました。 図5は、衝突した衛星銀河ガスの柱密度がブラックホール周辺のトーラス状ガスの柱密度よりも高い場合には、衛星銀河ガスから運動量が与えられることによって、ほぼ全てのガスが剥ぎ取られることを示しています。 このシミュレーション結果により、銀河の中心衝突が銀河中心ブラックホールの活動性を抑制しうるという物理過程を世界で初めて提案するに至りました。

さらに、この銀河衝突による一連の流体力学過程について、アンドロメダ銀河以外の他の銀河中心ブラックホール活動の停止機構への拡張可能性を検証しました。その結果、多くの銀河中心ブラックホール周辺のトーラス状ガスの柱密度は銀河衝突によって剥ぎ取り可能な範囲であることが分かりました。 このことは、つまり銀河衝突によって多くの銀河中心ブラックホール活動の停止が可能であることを示したことになります。 加えて、銀河衝突による銀河中心ブラックホール活動の停止頻度を見積もるために、最新の位置天文観測衛星Gaiaの世界最高精度の観測データに基づく衛星銀河の精密軌道計算を実施し、銀河の中心領域に強い影響を与えられる銀河衝突の頻度が1億年に1回程度であったと推定されることを示しました。 この結果は大質量ブラックホールが明るく輝いている期間は1億年程度であるという事実とよく符合しており、銀河衝突と大質量ブラックホール活動の関係性の完全解明に向けての大きな一歩となりました。

ダークマター・パラドックス

現在の標準的な構造形成理論であるコールドダークマター(CDM)モデルは宇宙の大規模構造等の統計的性質を説明することに成功した反面、“カスプ-コア問題”や“ミッシングサテライト問題”に代表される銀河スケールで危機的問題が指摘されています。 これらは、銀河の形成・進化の問題と密接に関連するものであり、ダークマターの性質を解明する上で非常に重要な問題となっています。

カスプ-コア問題:
ダークマターハローの質量分布に関するこれまでの研究では、ダークマターハローは中心で質量密度が発散するカスプ状構造を普遍的に持つことが強く示唆されています。 一方で、近傍矮小銀河の回転曲線の精密観測では多くの場合ダークマターハローの中心質量密度分布はほぼ一定のコア状構造、もしくは理論予言よりは滑らかな質量密度分布(冪指数)を持つことが知られています。 この理論と観測の矛盾は“カスプ-コア問題”として広く知られています。 また、質量の中心集中度が高いダークマターハローを持つ大質量衛星銀河が見つからない“Too-big-to-fail問題”も、カスプ-コア問題と関連する問題として広く認識されています。 これまでの銀河形成シミュレーションの研究により、超新星等のフィードバックが重力場を変化させ、ダークマターハローの質量分布をカスプ構造からコア構造へ遷移させるという現象論的な理解が積みあがってきました。 しかしながら、その遷移を支配する基礎物理過程の理解は、未だ根本的な理解に至っているとはとても言い難い状況です。

ミッシングサテライト問題:
階層的構造形成論に基づいた宇宙論的N体シミュレーションによると、銀河系やアンドロメダ銀河程度の質量の銀河には、理論的には数100から1000個のサブハローの存在が予言されています。 一方で、実際にこれらの銀河で観測的に同定された衛星銀河はせいぜい50個程度しかありません。 このような衛星銀河数の一桁以上の不一致は”ミッシングサテライト問題”と呼ばれ、CDMモデルの抱える難問の一つとされています。 この問題を解決する糸口として、星がほとんど存在しない、つまり銀河形成に失敗したダークマターハローだけで構成される暗黒銀河(ダークサテライト)の存在が理論予言されています。 しかしながら、ダークサテライトが実在するかどうか、もし存在するならばどの様にして観測すれば良いかといった視点での研究は未だ発展途上です。

このようなダークマターハローの諸問題は、ダークマター自身の性質を理解する上で重要な問題であるとともに、ダークマターハロー重力場中での星形成過程や超新星フィードバック過程等の天体現象を介してお互いに関連しあうため、銀河の形成・進化過程とダークマターハローとの共進化を詳細に調べることが重要となります。 我々は、これまでに構築してきた銀河の光学化学力学進化モデルを駆使して、“カスプーコア問題”及び“ミッシングサテライト問題”といったCDMモデルの抱える問題に挑戦しています。