# 「海外研究所事情」 *** 注意 *** 天文月報(2003年、8月号、454--455頁)に掲載されたものであり、 著作権は日本天文学会にあります。 ************ タイトル -------------------- Laboratoire de l'Univers et de ses TH\'{e}ories (LUTH), Observatoire de Paris, Section de Meudon パリ天文台 ムードン局 理論宇宙物理学研究室 http://luth2.obspm.fr/LuThE.html --------------------  花の都, パリ. ムードンは, その南西10kmの郊外. 首都郊外であるからには, 衣食住, 全て足る. そう いう思惑と共に昨2002年4月から日本学術振興会-海 外特別研究員として, ムードン天文台にやってきま した. 以下に, 天文台の変遷, ここでの研究, 大学 院制度, 想定通りには行かなかった生活諸事情につ いて紹介します.  ムードンの丘は, 狩猟場の隣の城館, ヴェルサイ ユ宮殿とパリの中間に位置する要衝, 気球の実験基 地という変遷の後, ヨーロッパ最大の屈折望遠鏡を 擁して太陽や惑星の観測を行う天文台となりました. 現在は, パリ天文台の1部局になり, 望遠鏡は天文 イベントの際に公開されます.  天文台は森に隣接し, 天文台の一番奥にある, 筆 者の働く建物は, ほとんど林の中です. 元城館だけ あって, 芝生も豊富で, 新緑の季節の一面の緑は鮮 やかです. ただし, アレルギー体質なので少々辛い のですが. 台内には菜園もあり, 申請すれば野菜な どを作れるそうです. 深夜にはフクロウらしき声が, 早朝にはいろんな鳥のざわめきが聞こえます. バー ドウオッチングが趣味の人には, とても楽しめる職 場だと思います.  台内唯一の食堂は, 12時から13時半までレジが動 いています. 夕食時にも食堂を開けて欲しいと思う のですが, 残念ながら昼時だけです. 食後にコーヒ ーを飲みながら, 政治や哲学のおしゃべりをするの がフランス人は大好きです. 食堂横の50mX200mくら いの池には鯉がたくさんいて, 昼食後に鯉や鳥にパ ンをやるのがいつもの光景です.  筆者が所属する理論宇宙物理学研究室(LUTH)は約 2年前に改組されて出来た新しい研究室なので, 以 前ムードンを訪れた事のある人も聞き覚えが無いと 思います. LUTHは, 系外宇宙研究室(DAEC=De\'{e} partement d'Astrophysique Extragalactique et de Cosmologie)の一部と, 相対論・宇宙論研究室 (DARC=D-- d'A-- Relativiste et de Cosmologie) が合流してできました. DAECの残りは, GEPI (Galaxies, Etoiles, Physique et Instrumentation)という研究室となり, VLTなどを 使った観測的研究や機器開発を活発に行っています.  LUTHには3つの同規模の研究グループが在籍し, 精力的に理論的研究を進めています. (1) コンパク ト天体の周辺重力場・重力波放射や宇宙のトポロジ ーの研究, (2) 降着円盤などの電磁流体力学や恒星 ・惑星大気の研究, (3) 活動銀河核(AGN)の降着円 盤・ジェットや母銀河の星種族を調べるグループで す. 各グループは, 教官が12人前後, ポスドク1-2 名, 院生が6-7人という規模です.  筆者は, AGNの中でも特にガス降着率が大きい天 体の研究を進める目的で, LUTH-AGNグループを率い るSuzy Collin教授のもとにやってきました. この 研究グループに魅力を感じたのは, まず, Anne- Marie Dumont博士が開発・改良しているTITANとい う輻射輸送数値計算コードです. 比較的低温ガスの 問題には, 公開コードのCLOUDYがよく使われますが, TITANは降着円盤と円盤大気の様な高温ガスを正確 に扱う貴重なコードです. また, Fe II輝線のモデ ル計算で著名なMonique Joly博士と, 降着円盤の 自己重力現象をこつこつと研究しているJean-Marc Hur\'{e}博士が居るのも大きな理由です. さらに ここは, ポーランドのBozena Czerny教授のグルー プとの共同研究が盛んで, 研究発展の機会が豊富に 転がっています.  赴任から1年強の現在, これらの思惑は期待通り の効果が出始めています. 残りの期間で, ムードン ならではの研究をもう1つ2つやり遂げるつもりです.  昨年7月には, Suzyが中心になって国際会議が開 かれました. 内容がBH近傍からAGN母銀河まで多岐 に渡った為, 参加希望者が収容可能人数を超えてし まいました. ここの主催者達はなんと, 通知無しに 参加応募を打ち切るという豪快な手に出ました. 今 にして思うと, いかにもフランス的な対応です. 多 数の口頭発表とポスターが200枚以上の盛況でした. 筆者も現地人部隊の一員として, マイク持ちやポス ター板の準備・片付けなどを手伝いました.  AGNグループのミーティングは週に1回あり, 最近 出た論文や研究成果を報告しあいます. LUTH全体の 会合は月に1度で, コーヒーとクッキーが皆に振る舞 われます. ここでは何人かの年配の教授の方々が, Nature誌の記事などの最近のトピック紹介を担当し ています. 国内外からのお客さんによる談話会は, LUTHとGEPIを合わせると週1回強くらいで, 目の前 の仕事の支障にならない程度に, 他分野の事情に触 れているよう気を付けています.  大学院やポスドクの制度について見聞きした事に 簡単に触れておきます. 奨学金を獲得できた人だけ が大学院生になる事ができます. 1年当たりの, 新 ポスドクの人数と退官される教官の数の比は3-4 く らいで, それ以上にならない様に院生用奨学金の規 模を調整しています. 学位を取った後, 外国の研究 所で2年前後ポスドクになるのが, 原則だそうです.  最後に、ムードンでの生活の話を紹介します. 天 文台の近くには駅が3つほぼ等距離にあり, 普段の 生活は, この扇状の1.5km四方の中で済ませていま す. 一番困難を感じているのは, 予想外でしたが, 食事です. ムードンには3軒レストランがあります が, 高くて, しかもあまりおいしくありません. ローテーションの谷間には自炊もします. 農作物は 安いのですが, 電化・工業製品は日本の2倍くらい の値段でびっくりしました. 車を買うつもりでいま したが, 高くてあきらめたくらいです.  週末には時々, 電車やバスで, 下宿から計1時間 程かけてパリの日本食材屋さんへ買出しに行きます. 値段は日本の2.5-3倍くらいです. 3軒ある食材屋の 内1軒は, 有機食品なども手がけています. 研究中 心の生活ですが, ほっと一息つきたい時はパリへ出 掛けて, 日本食レストランや日本書籍店で気力充填 を図ります. 仕事が1段落着くと, パリ郊外へ出て 気分転換もします. 川口 俊宏 (ムードン天文台)